大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成2年(ワ)15970号 判決

原告 X

訴訟代理人弁護士 飯野紀夫

篠塚力

被告 Y1

被告 Y2

両名訴訟代理人弁護士 久保田彰一

主文

横浜地方法務局所属公証人A作成の遺言者をBとする昭和六一年第四六七号遺言公正証書が無効であることを確認する。

原告が別紙物件目録二記載の一の借地権について持分四分の一、同目録二記載の二ないし四の不動産の所有権、株式と預金債権について持分六分の一をそれぞれ有することを確認する。

原告のそのほかの請求を棄却する。

訴訟費用中、原告と被告Y1の間に生じた分は被告Y1の負担とし、原告と被告Y2の間に生じた分は二分し、その一を原告の負担とし、そのほかを被告Y2の負担とする。

事実及び理由

第一、請求

一、主文一項と同じ

二、原告が別紙物件目録二記載の一の借地権と同物件目録二記載の二ないし四の不動産の所有権、株式と預金債権について持分各三分の一を有することを確認する。

第二、事案の概要

一、本件は、原告が、原告と被告らの父の意思能力がなかったと主張して父の遺言(公正証書遺言)の無効確認を求め、父の借地権と母の遺産について法定相続分による持分を主張して、その確認を求めている事案である。

二、争いのない事実

1. 原告と被告らの身分関係は、別紙身分関係図のとおりであるが、原告と被告らの父B(以下「B」という。)は、昭和六三年一月五日に、母C(以下「C」という。)は平成二年六月一日にそれぞれ死亡した。

2. Bは、別紙物件目録一記載の物件(以下「B遺産」という。)を所有し、別紙物件目録二記載一の借地権(以下「本件借地権」という。)を有していた。

また、Cは、別紙物件目録二記載の二ないし四の財産(以下「Cのその他の遺産」という。)を所有していた。なお、同目録二記載の二の建物(以下「本件建物」という。)は、昭和五二年二月一九日、所有者BからCに対して贈与されたものである。

3. B遺産について、別紙公正証書一のとおり、横浜地方法務局所属公証人A昭和六一年五月一日作成のBを遺言者とする昭和六一年第四六七号遺言公正証書(以下「B遺言書」という。)が存在する。

4. 本件借地権とCのその他の遺産について、別紙公正証書二のとおり、横浜地方法務局所属公証人A昭和六一年一二月五日作成のCを遺言者とする昭和六一年第一二四一号遺言公正証書(以下「C遺言書」という。)が存在する。

三、争点

1. B遺言書の無効

(原告の主張)

Bは、B遺言書が作成された当時、脳動脈硬化、脳軟化症、脳梗塞等により意思能力を欠いていたから、B遺言書は、無効である。

2. 本件借地権とCのその他の遺産の帰属

(被告らの主張)

(一) Bは、昭和五二年二月一九日、Cに対し、本件建物を贈与する際、その敷地である本件借地権も贈与した。なお、BとCは、杉並税務署に「借地権の使用貸借に関する確認書」(以下「確認書」という。)を提出した。

(二) そして、被告Y2は、C遺言書によって、本件借地権とCのその他の遺産を取得した。

(原告の主張)

(一) BがCに対して本件借地権を贈与したことはないから、原告は、相続により本件借地権の持分三分の一を有する。なお、Cは、確認書の提出により、本件借地権について贈与税を賦課されていないことからみても、本件借地権の贈与がなかったことが明らかである。

(二) C遺言書によると、被告Y2がCが死亡するまでCを扶養することがCの被告Y2にに対する遺贈の条件であったが、被告Y2は、北海道に住み、Cに対する扶養義務を尽くしていない。したがって、条件が成就していない。

(三) 仮にCの遺言書が有効であるとすると、原告は、被告Y2に対し、遺留分減殺請求をした(争いがない。)。その結果、原告は、Cの遺産について、次の持分を取得した。

(1) 本件借地権

Bの死亡による取得分(法定相続分) 六分の一

原告の遺留分 一二分の一(Cの持分二分の一の三分の一の二分の一)

合計 四分の一

(2) その他の遺産

原告の遺留分 六分の一(法定相続分三分の一の二分の一)

第三、争点に対する判断

一、B遺言書作成時のBの意思能力

1. 甲第一号証の一ないし一一、第二号証の一ないし九六、第四号証の一ないし七九、第一三、一四、一八号証、原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。

(一)  Bは、昭和五三年ごろ、脳梗塞にかかり、その後の後遺症として、手足がしびれ、言語障害の状態になり、Bの症状は、好転することはなく、よだれを流したり、失禁したり、夜間徘徊するなど、次第に悪化していった。

(二)  昭和五八年には、BもCも、身の回りのことができなくなり、東京都杉並区〈以下省略〉から原告の自宅の隣に引っ越し、原告の家族がBらの世話をするようになった。

(三)  昭和五九年には、株式会社中川製作所の代表取締役が、Bから原告に交替した。これは、Bが小切手の金額を間違えて振り出すなど代表取締役の仕事ができなくなったことと、Bの失禁が社員や同業者に知れてしまったからである。

(四)  昭和六〇年には、Bは、病院に通院していたが、一人で行くことができず、原告の妻が付き添っていた。また、薬を一人で飲むことができず、原告の妻が飲み方を何回も説明しても、Bは、すぐに忘れてしまうという状態であった。さらに、Bは、一見すると、人とまともに応対をしたようにみえても、その人がいなくなると、誰であったか、用件を忘れてしまうという状態であった。

(五)  昭和六一年には、Bのぼけの状態が悪化し、ぶつぶつ独り言を言ったかと思うと、全く話をしなくなるという異常な精神状態になった。また、Bは、自宅の便所のペーパーロールで遊び、便器にこれを詰めて水をあふれさせたり、風呂場で大便をするような状態になった。そのため、五月七日には、国立西埼玉中央病院に入院することになった。なお、入院の際の医師の問診に対し、簡単な質問に答えることができず、痴呆の症状を呈していた。

(六)  入院後のBの症状は、改善しなかった。昭和六一年五月一三日のCT照射により、脳軟化と診断された。

(七)  昭和六二年六月八日、緒長病院に入院したが、その際の診断は、老人性痴呆であった。なお、同月一一日には、多発性脳梗塞と診断された。

(八)  昭和六二年七月二三日、東所沢病院に入院したが、その際の傷病名は、高血圧症、脳梗塞、てんかんであった。

以上認定の事実によると、Bは脳梗塞の後遺症が悪化し、B遺言書が作成された直後の昭和六一年五月七日には病院に入院するに至ったから、同遺言書が作成された同月一日当時、Bが遺言をすることができる精神状態であったとはいえないと推認せざるを得ない。なお、証人Dは、同遺言公正証書が作成された当時、Bは多少口が重かったが、精神状態に不審な点はなかったと供述するが、これは、医師ではない一般人の印象にすぎず、これによって、Bの精神状態が正常であったということにはならない。

2. 以上によると、B遺言書は、Bの意思能力を欠いた状態で作成されたものであるから、無効というほかはない。

二、本件借地権の贈与

1. 乙第五号証(本件贈与契約書)によると、本件贈与契約書には贈与の対象として本件建物の記載はあるが、本件借地権の記載がないことが認められる。しかし、BがCに対して本件建物を贈与したから、特段の事情がない限り、Bは、Cに対し、その敷地である本件借地権も贈与したといえる。

2. BとCは、所轄税務署に対し、本件建物の贈与に関し、本件借地権の確認書を提出しているが、乙第六号証の二によると、確認書には、借地権者と借受者が土地の使用関係が使用貸借に基づくものであり、借地権者の地位に変更を来すものではないことを確認する書面であることが認められる。そして、甲第八、一一号証、乙第六号証の一、二、第七号証によると、この確認書の趣旨は、親族間で借地権に使用借権を設定した場合、使用貸借による贈与税の賦課を避け、借地権者の相続時まで遅らせるため、この使用借権の価値を零とすることができるというものであり、これを提出することによって、使用借権の設定について贈与税の賦課をされないことになることが認められる。

しかも、甲第六号証の一ないし七、第七号証の一ないし四、第一三号証、原告本人尋問の結果によると、本件建物の贈与後も、Bが本件借地の賃料を支払い、Bの死亡後は、原告が賃料を支払っていたこと、本件借地の地主に対しても名義書換えの手続をしていないことが認められ、この認定に反する被告Y2の供述は採用することができない。

3. 以上を総合すると、BとCが所轄税務署に提出した確認書は、BがCに対して本件借地を無償で使用させることを確認する書面であるから、それにもかかわらず、本件借地権の贈与を主張することは、自己矛盾の行為といわざるを得ない。そうすると、本件建物の贈与があっても、その敷地である本件借地権の贈与がない特段の事情があるといえるから、BがCに対して本件借地権を贈与したというものとは認められない。また、ほかにこの贈与の事実が認められる的確な証拠もない。そうすると、本件借地権は、Bの相続財産といえる。

三、C遺言書の条件

1. 乙第二号証、被告Y2の本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。

(一)  C遺言書が作成される前日、Cは、被告Y2に対し、遺言書を作成すること、Cが病気になったら、被告Y2が世話をするよう電話をした。被告Y2は、Cの申入れを了承した。

(二)  しかし、被告Y2は、北海道に居住しているため、常時、Cの世話をすることはできず、Cもこれを承知していた。

(三)  Cが平成二年五月に病気で倒れると、被告Y2は、上京し、Cの世話をした。

2. 1の認定事実によると、被告Y2はCの世話をしたから、Cの遺言書の条件は一応成就しているといえる。

四、原告の持分

以上によると、本件借地権とCのその他の遺産についての原告の持分は、次のとおりになる。

1. 本件借地権

(一)  Bの死亡による取得分(法定相続)

C 二分の一

原告、被告ら 各六分の一

(二)  Cの死亡による取得分(遺贈)

被告Y2 二分の一(Cの持分)

(三)  原告の遺留分 一二分の一(二分の一の三分の一の二分の一)

(四)  原告の持分の合計 四分の一

2. その他の遺産

(一)  Cの死亡による被告Y2の取得分(遺贈)全部

(二)  原告の取得分(遺留分)六分の一(三分の一の二分の一)

五、むすび

原告の請求は、B遺言書が無効であること、原告が本件借地権について持分四分の一、Cのその他の遺産について持分六分の一をそれぞれ有することの確認を求める限度で理由がある。

(裁判官 春日通良)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例